一日一絵

公園に住む猫の健康を願いつつ、重ねる一日一日の記録。

2014 5月の公園猫

以下記載続く
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いやいや、ちょっとそれはちがうでしょ。


すき家において、営業不可能になった店舗が増えた件に関して、
社長の一言・・・
「日本人は、3K仕事をやりたがらなくなった」
・・・・あなた自身がやってないんだから、そんなえらそうなに言えないでしょ。
ていうか、黙っておとなしく文句も言わず上から言われたことをこなすだけの、
都合のいい道具みたいな人間がいなくなった、という嘆きのように聞こえるのは
私だけでしょうか。

最近見た新聞記事の要目は、外食産業などで、時給を上げてもパートやバイトが集まらない、
人手不足が起きている、景気回復の兆しか?
と、いうものでした。
しかし・・・私は、自分自身の経験から、それは違うように思います。
現場では極限まで人員削減されているために、一人当たりの業務量が過重になっています。
そもそも業務量の設定自体が、人としての限度を超えた働き方なのではないか、と・・・・。

私自身が某有名外食産業チェーンでパートとして働いた経験から言いますと・・・
職種はどこもおおまかに、ホール・フロアーとキッチンとに分かれると思いますが、
たとえばフロアーの仕事は、接客とセッティング、食事の提供と後片付け、精算、レジ管理・・・
だけではありません。
同時に、機械の洗浄、消耗品の補充、小物の交換やゴミ捨て清掃など、
接客以外の業務もこなさなくてはなりません。
キッチンの仕事は、注文があった時に料理を作って、提供、下げられた食器の洗浄、・・・
だけではありません。
同時に仕込み、すべての食材の補充、作り置き料理の作成、清掃をしなければなりません。
もちろん、外食産業であればそれは当然行うべき業務です。
問題は、それを一人でこなさなければならないことです。

切れ間なく来客がある店内で、補充しても補充してもなくなる消耗品、
食事の提供と接客応対、精算と後片付けで行ったり来たりする合間にレジの〆、
いったいいつ機械の洗浄などできるでしょうか。
何十種類もの料理の提供に右往左往、だんだん同時になくなってくる作り置き、食材・・
何十人分もの作り置き料理をいつ作る?? 食材の補充はいつ?
次から次へと切れ間なく注文が入るのに・・・
千手観音でもなければ無理です。

お客様がいない時間帯は、ゆっくりした暇な時間・・・そんな時間はありません。
サメに追い立てられるイワシのように、常に緊張し、こまねずみのように動き回っていました。
ちなみに外食産業に勤務している間、ワタクシはスリムでした。('◇')ゞ
断言できます、あの時の私は、コンサート中のAKB48よりも動いていた、と。
気持ちに余裕がないため、失敗する可能性が高かったでしょうし、
常に小走りで動き回っていたため、けがをする危険性も高かったと思います。
その頃まで、仕事中にケガをする、ということは、危険性の高い特殊な仕事でしか
起きないことと思っていましたが、それがすぐ身近に起きうることだと知りました。
何しろ自分には持て余すほどの大きさの熱湯の入った鍋を持ち運ばなければならず、
そのすぐ近くでは包丁で仕事してる人が何人もいるのですから。
他の持ち場の人でも、女性にはとても扱えない重量の物を持ったりして、
大部分が腰痛を抱えていましたし、悪化して結局続けることができずに、
仕事を辞めていく人が後を絶ちませんでした。

設定された業務量を時間内にこなすことができなかったため、
一日に30分は残業してでもこなさなければなりません。
一つの会社は、残業代が支払われませんでした。
もう一つの会社は、残業代はきっちり支払ってくれました。
しかし・・・
新メニューが始まる時は、連絡ノートにレシピが載せてあるのですが、
それを見てぶっつけ本番で作れ、という方針でした。
分量や作製時間など間違いないように、勤務前に、自分でメモするなり、
頭の中でシミュレーションするなどして、備えなければなりませんが、
タイムカードを押すのは開始時間の6分前と決まっているため、
備える時間は、勤務時間に入りません。
単に勤務前に移動しただけの、サービス残業に変わりはありません。
さらに・・・
二つの会社とも、休憩室はなく、休憩時間になると、
荷物置きや着替えスペースの棚の隅っこの椅子にぼーっと座るか、
事務所の書類だらけの机の隅で、吸い殻でいっぱいになったバケツを見ながら、
まかないの食事をするか、という最悪の過ごし方でした。
(ですので、製造業や倉庫管理業での、ソファやテレビや冷蔵庫やポットもレンジも備えられた
休憩室を見て、まるで天国だと思いました。)

あんたがこの仕事に向いてないんでしょ、と、言われるかもしれません。
そうかもしれません、てかたぶんそうでしょう。
しかし、たいていの人には向かないのではないでしょうか。
だって、二つの会社とも、パートの入れ替わりが激しく、常に募集をしています。
ですので、辞めるのは能力や根性がないからだ、という人には、反論したいと思います。
パートが辞めるのは、人件費削減のために、限度を超えた業務量を科すからだ、と。
個人の能力や根性のせいにするのは、話の巧妙なすり替えです。

そうして、結局は、人間としての許容限度を超えたどんな指示を受けても
文句も言えずに黙って従うしか思いつかない受容型の人間か、
困難に挑戦すること自体に陶酔し、やる気の証明にやっきになるタイプの、
企業にとって都合のいい人間が、現場に残って、
つぶれるまで働かされるのでしょう。
そしてつぶれてリタイアすれば、どんなに頑張った人間でも、
晴れて「能力と根性のない人」の仲間入りとなるわけです。

すき屋は以前にも、深夜の時間帯にパート一人での勤務体制を敷いたため、
強盗の被害に遭いやすい、として批判されたことがあります。
二人体制に変える、と言っていたのに、いつの間にか、一人に戻っていたようです。
深夜の時間帯、たった一人で・・・時給2,000円だったとしても、やりますか?
私は嫌ですが、すき家の社長ならやるでしょうか?
自分の息子や娘や女房にさせるでしょうか?
自分の息子や娘や女房にさせられない働き方は、他人にもさせてはいけません。
それとも自分たちとは違う世界の人間だから、我慢するのが当然だと?

今の時代だから、競争の激しい業界だから、こうして人件費を削らないと勝ち残れないんだ、
と、経営者の立場からは言われるでしょう。
もう耳たこです。
しかし、何のために、誰のために勝ち残りたいのでしょうか。
自分のため? 従業員のため??
業績が延びたとして、自分の経営手腕の成果だ、と胸を張るのは経営者ですよね。
しかし、実際にひとつのメニューを作るパートがいなかったら、
そもそも会社は成り立たないんです。

自分とこの業務を3Kだとか言って、恥ずかしくないか?????
3Kでなくなるように努力しなさいや。
役員報酬だけはがっちりとっておいて、小さなパートの人件費を
削れるだけ削るなんて、みみっちいことやめてくださいよ。
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11月9日 新作出品。
ヤフーオークションに
出品中の作品のご紹介です。
売り上げは、嫌ですが結局猫に
分捕られます。たぶん。

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公園猫のご紹介


1 山田おかあさん。
勝気で頭も運動神経も良いスーパーな美猫。
たくさんの子供を産みました。



2 山田あかちゃん。
おかあさんの最後の子供。
幼児体形の女子。



3 隣のおかあさん。
元は隣にあったおうちの飼い猫。
山田おかあさんと同じく、たくさん子供を産みました。
隣の猫たち全部の母では?



4 隣のハーブ。
レモンとはたぶん姉妹。顔半分黒いのでハーブ。
非常に顔立ちの綺麗な猫。超気が強く頭もよい。
2010年、やっとなついてくれました。
★2010年6月、
財団法人どうぶつ基金の助成を受け、
不妊手術を行いました。



5 隣のサビにゃん。隣の(元)おうちの猫。
レモンとハーブとはたぶん姉妹。
子供みたいに小柄であどけないが、何度も出産経験あり。
いつも皆から一歩遅れる。


6 山田番長

2010年10月末、現れた子猫。
ビビについてきたと思われる。
超よわい番長。


・・・・・行方不明になってしまった猫たち。・・・・・

今でも待っています。
優しい人に助けられ守られ、
無事に再会できることを 心から願っています。

山田マルコ。
いつのまにか公園に居ついた、
愛らしいうさぎのような子でしたが、
2010年12月18日、姿を消しました。



山田ビビ。おかあさんの息子。
美しいオスの白猫で、公園になくてはならない
存在でしたが、
2010年10月末、姿を消しました。



隣のダンボ。隣の(元)おうちの猫。
時間がかかったが、とてもなついてくれました。
体格のよい元気なオス猫だったが、
きょうだいの白茶と同じと思われる病状で、
ひどく弱ったところをビビに追われて、
2010年7月末、姿を消しました。

幸坊。
ビビと隣のサビにゃんの子5きょうだいの1匹。
一番元気で体格も良いので公園に戻し、
すくすく 育っていましたが、
2010年2月8日、突然姿を消しました。

橋の猫。
2007年ごろ現れ、しばらく山田さんちに居候の後、
橋の下に居場所を移動。
皆にかわいがられていた人懐こい子。


流れの黒。こわもて。
他所から来て居ついた猫。時々行方不明になりつつ、
ビビとボスの座を争っていました。


隣の青太。隣の(元)おうちの猫。
青い目が印象的なオス。体格は良いが、痩せてきた。
くいしんぼうでびびり。いまだになついてない。
2010年1月8日ごろ、姿を消しました。


隣のレモン。隣の(元)おうちの猫。
顔は怖いが、鳴き声かわいく、ひとなつこい。
レモン色の瞳のサビ猫。
2009年11月中旬ごろ、姿を消しました。

・・・・・・・・・・旅立ってしまった猫たち。・・・・・・・

山田すずまる
2009年12月5日ごろ現れる。
木登りが大好きな小さな男の子で、
何かの感染症のため体調を崩しながら
一生懸命生きましたが、
2010年11月18日AM4:23旅立ちました。



隣の白茶。
ダンボと双子のようにそっくりな、たぶん兄弟。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2009,2月12日旅立ちました。



隣の緑。隣の(元)おうちの猫。
猫丸みみたが公園に通うきっかけとなった猫。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2008,8月27日旅立ちました。


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