一日一絵

公園に住む猫の健康を願いつつ、重ねる一日一日の記録。

2015 9月の公園猫、と・・・・

ついに一山超えました!!!(T_T)\(^o^)/(T_T)\(^o^)/
これまで支えてくださった皆さんのおかげです。
カノンを引き受けてくれた方、フードや物資をくださった方、
一度もお会いしたこともないのに、あたたかい励ましのお言葉をくださり、
物資やお心遣い、ショップでのお買い物などで支えてくださったみなさん・・・(T_T)(T_T)
ありがとうございました。<(_ _)>


 以下続く
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撃つ撃たないの分かれ目。


カノンが太った頃の体重が20㎏です。
そして、立ち上がった時120㎝というのは、
カノンより若干大きいくらいですから、
射殺された紀州犬は大型犬ではなく中型犬です。

大型犬なら私の背丈を軽く越えます。
大型犬に対しては、命の危険を感じることは理解できますが、
中型犬に対して、たとえばカノンが怒り狂って向かってきた場合、
骨折とか全治3ヶ月いくかな、と思うことはあっても、
死ぬかもと思ったことはありません。
チビの私でもそうです、ましてや成人男性で、
武道や逮捕術の訓練を受けて体を鍛えている男性にとって、
中型犬はそこまでの脅威なのでしょうか?????
大いに大いに疑問を感じるし、
犬が襲ってきた瞬間とする防犯カメラの映像を見た後では、
疑問がいや増すばかりです。

犬は飼い主に寄っていき、腕に巻いた手拭いを見て、
オモチャを奪い合う遊びだと思って、
夢中になってよけいに興奮していったように感じます。
ですが、後日、犬の専門家の方の解説によると、
飼い主を見て一旦はかけ寄ったものの、
また拘束されると思って抵抗したのではないか、
尾を振っているのは、葛藤の表れ、ということでした。
なるほど!!
私のへっぼこ推理より、こちらの方が格段に説得力があります。
そういえば、カノンも嫌なことを察した時は、とことん抵抗しました。
犬にとっては遊びの延長よりも、シリアスな心理状態だったのかもしれません。

しかし、撃つより他の手段はなかったとは言えないと思います。
放っておけば被害に遭う人が増えたかもしれない、
(まず放っておけとはいいません)
と擁護する人が多いですが、それは撃つ理由になりません。

なぜなら、そもそも被害から人を守るのは警察の仕事だからです。
そのために、訓練を受け車や無線や警棒を持ち、市民に命令する権限を持ち、
必要があれば警察手帳を見せて、各所から協力を得ることができます。
それらを最大限駆使して、被害を止めようとする姿勢が、皆無です。
通報があった時、犬が相手というのはわかっていました。
警察には警察犬の担当もいるでしょう。
警察官が3人いたのなら、現場到着までに誰かが緊急無線で
捕獲方法のアドバイスを聞くとか、応援要請するとかはなかったのか。
被害を防ぐと言って拳銃を撃つくらいなら、付近住民にマイクで
外に出ないで下さいと呼びかける方が、先だと思います。

子供が襲われたら死ぬ危険もある、それはそうですが、
当時は夜中の2時、子供が一人で出歩く可能性は低いし、
(歩いてたらその方が問題です)
そもそも夜中の2時は人通りは多くはないので
保護対象を把握しやすく、多くの被害が出る可能性も低いです。

警察官自身も危害を受ける恐れがあったという人もいますが、
繰り返しになりますが、大抵の成人男性にとって、
中型犬はどんなに怒り狂っても、命の危険を感じるほどの存在ではありません。
この私でも、腕に分厚い上着を巻いて、噛んでる間に何とかかんとか・・・
なってたくらいです。
黙って噛まれろとは言いません、
工夫の余地があったんではないかと思います。
まして訓練を積んだ成人男性が3人もいるならば、工夫しなさいや。
その立派な制服や、身長や体格は飾りかね???
噛まれた被害者二人は軽傷、
のしかかられて噛まれた飼い主ですら軽傷、
警察官に至っては、怪我するほどの接触もしていないのに、
向かってきたから、と大の男がそろいもそろって
三人で拳銃撃ちまくる以外のことはしなかった、ってどういうことかと思います。

こちらに唸りをあげて向かってきた犬が怖くて、噛まれるのが怖くて撃った???
ならば、そんな人間は拳銃を持つべきではありません。
拳銃を持たせたら、ビビりほど撃ちたがる。
相手が怖くてたまらないから、手っ取り早く撃って優位に立とうとする。
ビビりは、粘り強く時間をかけても、双方ともに被害を少なく収めよう、とは考えない。
そう、私が感じる違和感は、
警察官の行動に、手っ取り早く済ませた感じが否めないからです。

相手は犬だから、人を噛んでいるから、身の危険を感じたと言えば、
許されるだろう・・・という感じが透けて見えるからです。
そして、ちょっとこれはアレですけど、こうも思います。
もしかしてこの人たち、
撃って殺してみたかったんじゃないか???
他の2人も撃ってることで、余計に発砲のタガが外れたような・・・
集団心理ってそういうものですから。
警察官だってただの人間ですしね。

飼い主を非難する人が多く、同感ですがもう書きません。
警官に「撃ちますよ」と言われて同意したといいます。
ここにも、手っ取り早い措置を望んだ感じが・・・

言ってやらなかったんだ、
「撃たないでください! 家族なんです」
とは・・・
涙出る。
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一人になるということ。


いまだにスマホを持たない私、ガラケーさえも使いこなせず、
メールボックスには迷惑メールが貯まり、受信不可になるほどで、
常日頃はガラケーの電源も切っています。
久しぶりに電源を入れると、8月28日の日付で着信メールがありました。
それは、私がずっとお世話になっているパソコンの業者の息子さんからでした。

元SEプログラマーで、個人でプログラムやソフトの管理、
困りごと解決をしてくれる会社を立ち上げた業者とは、
2008年にパソコンが壊れた時、修理してもらってからのお付き合いです。
その後も、何か異常があるたびに、それこそ深夜や休日でも電話をすれば、
時間をおかずに無償で対応してくれました。
あまりにお金を使わないので申し訳なくて、時々パンが入った時、
おすそ分けをすると、お返しにと家庭菜園の野菜をくださったりしました。

今使っているパソコンも、その人に選んでもらった機種で、
初期設定やハードディスクのバックアップも全部してもらいました。
その人がいるから安心して使えたし、ずっと頼り切っていました。

今年に入ってまもなく、実は闘病で入退院している、とお聞きして、
時々メールを送ってはいましたが、返信はなく、
やがて固定電話も通じなくなりました。
先日、パソコンの調子が悪くなったので携帯の方に留守電を入れました。
それを聞いての、息子さんからの返信メールでした。
折り返し電話をして、5月末に亡くなったと知りました。
最後にメールをもらった日から、まもなくのことだったようです。

メールには、書いてあった病名と、書かれてなかった病名とがあり、
治療中は、助手の○○君が対応するから・・・と、
書き添えてはありましたが、
当人自身が、機材を病室に持ち込んで、もっと長い闘病生活になる
つもりでいたので、引継ぎも途中での旅立ちだったそうです。
まさか3カ月も前に亡くなっていたとは。

父一人子一人の家庭だったと言います。
一軒家に住んでいたけれど、息子さん一人で住むのも寂しいし、
主の亡くなった菜園はみるみる荒れていき、それを見るのもつらく、
引っ越して今は更地になりました。
成人したとはいえ、たった一人子供を残していくのは、
心配で残念なことだったでしょう。
残された方にしても、帰る場所をなくし、
思い出話に相槌を打ってくれる人が誰もいなくなり、
たった一人で生きていかねばならないのは、
どんなにか心細いことでしょう。

そういえば、他にもそんな境遇の女性がいたのを思い出しました。
その人は、名古屋出身で、実家に親と同居していたけれど両親をなくし、
姉妹はいるけれどすでに家を出て家庭を持っているし、
一人ぼっちで思い出の残る家に住み続けるのは寂しいし、
リーマンショック以後、名古屋は本当に仕事がなくなったので、
実家を売り払って、仕事のある福岡に移ってきたと話していました。

思い出話ができる人が一人もいなくなるというのは、
私にとっては、単に寂しいとか情緒的な気持ちに止まらず、
自分の存在の基本を揺るがす事態のように思います。
人は、共通の記憶を持つ人と、お互いに記憶を確認しあうことで、
自分の存在を、再確認できるからです。
実家がなくなることの心細さ、反対に、
実家に家族が増えて、にぎやかな声に包まれ、
多くの人に記憶してもらえることの幸せを考えました。
・・・そうだよな、だから、皆、結婚して、家族をつくろうとするんだな。

私の周りには、似たような境遇の人が何人かいます。
配偶者がいても、子供を持たない人も・・・
家族を作れなかった私たちは、ただ消えていくしかない。
何を残していけるだろうか。
生きた証を残せるんだろうか。
むしろそんなものは残さずに、跡形もなく消える方がいいとも思う。
どうか忘れてください、という恥ずかしい過去が多々ありすぎる。
けれど残すものがこのキタナイ部屋だけだとしたらむなしすぎる。

自分を覚えておいてほしいわけじゃないのです。
世の中には、私の知らない物語が星の数ほど存在します。
知ることができたのは、そのうちのほんのわずかな、
小さな人や出来事の、一瞬の短い物語でしょう。
それでも、それがあまりにうつくしすぎるから、
誰にも知られずにただ消えていくのが惜しくてならないのです。
誰かの記憶に残ってほしいのは、
今は存在しなくても、一時は確かに存在した、
心に残る物語なのです。

山田さんにも、あの名古屋の女性にも、
記憶の中にそんな物語があるはずです。
誰もが物語の主人公であり、語り手であるのです。
今回亡くなった業者は、どんな物語を持っていたでしょうか。
あまり多くを語らずに
特に、告知を受けた後に会った時は、話したいこともあったかもしれないのに。
物語の記憶の片方を息子さん一人に負わせて、いってしまいました。

本当に残念だし悲しい報せでありましたし、
私も、もっともっと暮らし方を考えて、変わらねばならないと
あれからずっと思っています。
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猫丸家店舗OrangeGate

11月9日 新作出品。
ヤフーオークションに
出品中の作品のご紹介です。
売り上げは、嫌ですが結局猫に
分捕られます。たぶん。

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お話してくれてありがとう

公園猫のご紹介


1 山田おかあさん。
勝気で頭も運動神経も良いスーパーな美猫。
たくさんの子供を産みました。



2 山田あかちゃん。
おかあさんの最後の子供。
幼児体形の女子。



3 隣のおかあさん。
元は隣にあったおうちの飼い猫。
山田おかあさんと同じく、たくさん子供を産みました。
隣の猫たち全部の母では?



4 隣のハーブ。
レモンとはたぶん姉妹。顔半分黒いのでハーブ。
非常に顔立ちの綺麗な猫。超気が強く頭もよい。
2010年、やっとなついてくれました。
★2010年6月、
財団法人どうぶつ基金の助成を受け、
不妊手術を行いました。



5 隣のサビにゃん。隣の(元)おうちの猫。
レモンとハーブとはたぶん姉妹。
子供みたいに小柄であどけないが、何度も出産経験あり。
いつも皆から一歩遅れる。


6 山田番長

2010年10月末、現れた子猫。
ビビについてきたと思われる。
超よわい番長。


・・・・・行方不明になってしまった猫たち。・・・・・

今でも待っています。
優しい人に助けられ守られ、
無事に再会できることを 心から願っています。

山田マルコ。
いつのまにか公園に居ついた、
愛らしいうさぎのような子でしたが、
2010年12月18日、姿を消しました。



山田ビビ。おかあさんの息子。
美しいオスの白猫で、公園になくてはならない
存在でしたが、
2010年10月末、姿を消しました。



隣のダンボ。隣の(元)おうちの猫。
時間がかかったが、とてもなついてくれました。
体格のよい元気なオス猫だったが、
きょうだいの白茶と同じと思われる病状で、
ひどく弱ったところをビビに追われて、
2010年7月末、姿を消しました。

幸坊。
ビビと隣のサビにゃんの子5きょうだいの1匹。
一番元気で体格も良いので公園に戻し、
すくすく 育っていましたが、
2010年2月8日、突然姿を消しました。

橋の猫。
2007年ごろ現れ、しばらく山田さんちに居候の後、
橋の下に居場所を移動。
皆にかわいがられていた人懐こい子。


流れの黒。こわもて。
他所から来て居ついた猫。時々行方不明になりつつ、
ビビとボスの座を争っていました。


隣の青太。隣の(元)おうちの猫。
青い目が印象的なオス。体格は良いが、痩せてきた。
くいしんぼうでびびり。いまだになついてない。
2010年1月8日ごろ、姿を消しました。


隣のレモン。隣の(元)おうちの猫。
顔は怖いが、鳴き声かわいく、ひとなつこい。
レモン色の瞳のサビ猫。
2009年11月中旬ごろ、姿を消しました。

・・・・・・・・・・旅立ってしまった猫たち。・・・・・・・

山田すずまる
2009年12月5日ごろ現れる。
木登りが大好きな小さな男の子で、
何かの感染症のため体調を崩しながら
一生懸命生きましたが、
2010年11月18日AM4:23旅立ちました。



隣の白茶。
ダンボと双子のようにそっくりな、たぶん兄弟。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2009,2月12日旅立ちました。



隣の緑。隣の(元)おうちの猫。
猫丸みみたが公園に通うきっかけとなった猫。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2008,8月27日旅立ちました。


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