一日一絵

公園に住む猫の健康を願いつつ、重ねる一日一日の記録。

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わが家  苦い思い出



先日、病院での修羅場の話を書きましたが、
猫飼いにとって共通の大きな悩みは、良い病院探し、
これには、どなたも異存はないと思います。

(ちなみに共通の夢は、宝くじトップ当選ね)

今は亡きサバには、じつはけん太という茶トラの兄弟猫がおりました。
2匹一緒に拾ったのです。
けん太は、元気いっぱいの怖いもの知らずで、怖がりで内気なサバを、
いつもリードして遊びに誘っていました。
当時、シャイを含めて合計3匹の猫を飼っていました。

一年ほど後の夏の夜、当時勤めていた会社で、バーベキューが行われました。
残り物が大量に出たため、私はそれをもらって帰りました。

焼肉や、貝やエビやタコイカなどに、猫たちは喜んで飛んできました。
けん太は、ロブスターなどにいつもどおり一番にかぶりつき、
がつがつ食べました。
そしてしばらく後、どっと吐き戻しました。
まあ、猫が吐き戻すのはそれほど珍しいことではありません。

その後、特に変わった様子にも気がつきませんでした。
というのも、いつもどおり高い食器棚の上に上っていたからです。
寝返りをうっているようにも見えたのですが、後から思えば、
その時苦しかったのかもしれません。

あくる日の早朝、けん太は横倒れになり、はっきりとわかるほどに、
荒い呼吸をしていました。
私は、始め、何かを詰まらせたのかと思い、喉を探ってみましたが、
けん太は苦しそうに抵抗しました。

慌てて電話帳を探って開いている病院の番号を探し、タクシーを呼びました。
私は今よりずっとずっとお金がなかったし、当時はネットも携帯もなかったので、
取れる手段は限られており、しかも今よりずっと手間がかかりました。
それに、引っ越してきて間がなく、このあたりの病院を詳しく知りませんでした。
なので、うちからはかなり離れた元の住所の、何度か通ったことのある病院に、
タクシーで行ったのです。

病院に着くと、開業時間の前で、看護師さんたちはまだ掃除をしていました。
私が、こんな状態なのだけど、とけん太を見せると、初老の先生は、
「これぐらいなら大丈夫だから、あと10分待ってなさい」
と、言いました。

その言葉に少し安心して、じりじりしながら、診察を待ちました。
やっと呼ばれて、診察台にけん太を乗せると・・・
けん太は顔をひきつらせて、顔の筋がピクピクしていました。
それを見て、先生が一言、
「こりゃーだめだ、こんな状態じゃもう危ないよ」

信じられない言葉でした。

おっさん、てめえ、
ほんの少し前に
「これなら大丈夫」
って、その口で言ったんじゃ
ねえかよ!?


そしてさらに、
「こりゃあ何かの中毒だよ、家になんか毒になるもの置いてない?
不注意な飼い主とか、平気でその辺に置いとくから、間違って飲んだりするんだよねー」

いったい何をだ?
何の根拠で言ってんだ??

私は、怒りに逆上する・・・より何より、
ついさっき、少し安心させられて、その後すぐどん底に突き落とされていました。
それに、こういう状態になったペットを見た時から、
いったい何が原因なのか、自分の飼い方の何が悪かったのか・・・
飼い主の頭はそのことでいっぱいになるはずです。そのうえ
まもなく直面するかもしれない、けん太の死を受け入れられず、
とても怒るどころの心理状態ではありませんでした。

当時の時代風潮のようなものもあったかもしれません。
今ですと、相手の非を責め立てて、自分の非を逃れようとする風潮が
大手を振っていますが・・・
例えば、給食費を払わない親が、
「自分は払う気はあったとたい、今度は払おうと思いよったと。
ばってん、あんたのその言い方が悪いけん、せっかく払おうと思いよったのに、
その気がなくなったとたい。」
・・・と、いうような理屈、平然と言われることがありますよね。

でも、当時は今ほど、相手の非を責めるという風潮が社会になかったし、
私自身も「自分の非を認める」のは美徳、という価値観にしばられていました。
今よりもずっと内気で、自分を主張することができませんでした。

今だったら、もっと違っていたでしょう。
あの獣医の、患畜に対する適当で無責任な発言、
飼い主の気持ちにまったく配慮しない言動は、とても許すことができません。

診察の後、けん太は点滴を受け始めました。
私はそばにいたかったけれど、長時間ということでそれも認められず、
お金もないので、便の悪いバスを乗り継いで帰りました。
一時間以上かけて帰宅して、まもなく病院から電話があり、
けん太が死んだと聞かされました。

けん太が何に中毒を起こしたのか・・・
洗剤、ゴキブリ駆除剤、防虫薬、化粧品・・・
シャイとサバにも起こるかもしれないので、いろいろ考えたけれど、
結局、はっきりとはわかりませんでした。
あの日、日常と違ったことといえば、バーベキューの残りの魚介類を
与えたことだけです。
なので、あの日以来、うちの猫たちには、エビカニタコ貝類は、与えていません。

あの日以来、あのい●●ず病院にも行っていません。
あの頃、別の病院に行って、猫が死んだ時、
カルテ(の写し)が欲しいと言った事もありますが、
「カルテは人に見せる物じゃない」
と言われて、もらえませんでした。

でも、今の病院は、欲しいと言えばカルテをコピーさせてくれるし、
聞けばお薬のことも治療のことも、答えてくれます。
入院すれば、面会して付き添うこともできます。
今という時代がいいのか、病院がいいのか、わかりませんが・・・
私も少しは力をつけ、猫にしてやれることも増えました。

今、けん太と同じ茶トラの健坊が、私にすり寄ってくる時、
若くして死んだけん太を、育てなおしているような気がします。

テーマ:猫のいる生活 - ジャンル:ペット

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11月9日 新作出品。
ヤフーオークションに
出品中の作品のご紹介です。
売り上げは、嫌ですが結局猫に
分捕られます。たぶん。

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公園猫のご紹介


1 山田おかあさん。
勝気で頭も運動神経も良いスーパーな美猫。
たくさんの子供を産みました。



2 山田あかちゃん。
おかあさんの最後の子供。
幼児体形の女子。



3 隣のおかあさん。
元は隣にあったおうちの飼い猫。
山田おかあさんと同じく、たくさん子供を産みました。
隣の猫たち全部の母では?



4 隣のハーブ。
レモンとはたぶん姉妹。顔半分黒いのでハーブ。
非常に顔立ちの綺麗な猫。超気が強く頭もよい。
2010年、やっとなついてくれました。
★2010年6月、
財団法人どうぶつ基金の助成を受け、
不妊手術を行いました。



5 隣のサビにゃん。隣の(元)おうちの猫。
レモンとハーブとはたぶん姉妹。
子供みたいに小柄であどけないが、何度も出産経験あり。
いつも皆から一歩遅れる。


6 山田番長

2010年10月末、現れた子猫。
ビビについてきたと思われる。
超よわい番長。


・・・・・行方不明になってしまった猫たち。・・・・・

今でも待っています。
優しい人に助けられ守られ、
無事に再会できることを 心から願っています。

山田マルコ。
いつのまにか公園に居ついた、
愛らしいうさぎのような子でしたが、
2010年12月18日、姿を消しました。



山田ビビ。おかあさんの息子。
美しいオスの白猫で、公園になくてはならない
存在でしたが、
2010年10月末、姿を消しました。



隣のダンボ。隣の(元)おうちの猫。
時間がかかったが、とてもなついてくれました。
体格のよい元気なオス猫だったが、
きょうだいの白茶と同じと思われる病状で、
ひどく弱ったところをビビに追われて、
2010年7月末、姿を消しました。

幸坊。
ビビと隣のサビにゃんの子5きょうだいの1匹。
一番元気で体格も良いので公園に戻し、
すくすく 育っていましたが、
2010年2月8日、突然姿を消しました。

橋の猫。
2007年ごろ現れ、しばらく山田さんちに居候の後、
橋の下に居場所を移動。
皆にかわいがられていた人懐こい子。


流れの黒。こわもて。
他所から来て居ついた猫。時々行方不明になりつつ、
ビビとボスの座を争っていました。


隣の青太。隣の(元)おうちの猫。
青い目が印象的なオス。体格は良いが、痩せてきた。
くいしんぼうでびびり。いまだになついてない。
2010年1月8日ごろ、姿を消しました。


隣のレモン。隣の(元)おうちの猫。
顔は怖いが、鳴き声かわいく、ひとなつこい。
レモン色の瞳のサビ猫。
2009年11月中旬ごろ、姿を消しました。

・・・・・・・・・・旅立ってしまった猫たち。・・・・・・・

山田すずまる
2009年12月5日ごろ現れる。
木登りが大好きな小さな男の子で、
何かの感染症のため体調を崩しながら
一生懸命生きましたが、
2010年11月18日AM4:23旅立ちました。



隣の白茶。
ダンボと双子のようにそっくりな、たぶん兄弟。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2009,2月12日旅立ちました。



隣の緑。隣の(元)おうちの猫。
猫丸みみたが公園に通うきっかけとなった猫。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2008,8月27日旅立ちました。


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