一日一絵

公園に住む猫の健康を願いつつ、重ねる一日一日の記録。

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今書いておく。


憲法を改正する必要はないと思います。
安倍政権は、変えないと国家滅亡するかのような言い方ですが。

70年前に作られたものだから、時代に合わせた改正が必要・・・
とは思いません。
なぜなら、民法や刑法や労働法など、時代に合わせての変更や新しい法律の制定は、
現行でも充分可能だからです。
ストーカー規制法や危険運転致死傷罪など、憲法を変えなくてもできてます。
税法なんてほぼ毎年変わってます。
あとは運用の問題です。
憲法に定められるべきものは、時代によって変わらない、
普遍的な国家観であろうと個人的には思います。

アメリカから押し付けられた憲法だから、日本人の手で作ろう・・・
というならば、
それ以前の大日本帝国憲法はどんな法律だったかを考えなくてはなりません。
大日本帝国憲法の主語は「朕」であり、天皇が国民への義務を課すものでした。
国と国民は、元首である天皇に支配され、従うべきものでした。
特権階級にしか選挙権がなく、女子供には男と同じ権利はなく、
労働者にも何の権利もありませんでした。
日本、とひとくくりに考えるのは間違いです。
同じ日本人でも、支配層と被支配層で、持てる権利には雲泥の差がありました。
日本国憲法ができるまで、被支配層が法律に関与できるようになることなど、
ただの一度もなかったでしょう。
日本国憲法がアメリカからの押し付けというならば、
それまでの憲法は、支配層からの押し付けでした。
今私たちが享受できる、法の下の平等は、
大多数の被支配層が、長い間、心の底から欲したはずです。
アメリカからの押し付けだろうが、それはもうどうだっていい。
自分のことを自分で決められる、
国や支配者のためでなく自分のために生きていい、
その自由が保障されるのは大事なことです。
少なくとも、戦前に一部の日本人が作った法律よりは、
私にとっては最高にいい内容だってことです。

南シナ海や朝鮮半島など、今までになく周辺国からの脅威が高まっているから、
憲法改正をしなくては・・・というならば、
脅威どころか、現実に戦争が起きて、
今の現実のずっと先を行く惨禍の後に、憲法ができたと答えるしかないです。
短いスパンで見るならば、今の20代30代の人から見れば、
平和な時代がだんだん脅かされてきたと感じるかもしれない、
でも、世界が平和な時代なんて、ただの一度もありませんでした。
今よりひどい時代があって、その頃できたのが憲法です。
そこからくみ取って、脅威に対してはあらゆる多様な方法を考えてほしいと思います。

平和平和と口で言ってるだけで、平和は守れない、
やはり軍備を増強しなければ・・・???
しかし、軍備増強によっても平和は守れないです。
それが正しいならば、なぜ日本は戦争に負けたんだろうか??
軍備を増強したのに・・・
その積み重ねの先には、また同じ惨禍を重ねるしかないでしょう。

アメリカや他の強大な国とタッグを組んで、
敵国を完膚なきまでに叩き潰してやれば、平和になるだろう、
と考える人がいるならば、それは間違いです。
やられた国は、未来永劫受けた屈辱を忘れず、報復の機会を待つでしょう。
日本は、今度は報復を恐れなければならなくなります。

しばしば平和ボケと揶揄される護憲派と呼ばれる人は、巷で批判されるように、
決して自分の国だけがのほほんとできればよしと思っているわけではない。
本当に平和になるためならば、身を惜しまず働く人はいるでしょう。
他の国を支えたいと思う人も、そのためにNGOに加わる人もいます。
そんな彼らがしばしば国の軍備増強に期待しないのは、
それが平和に寄与するどころか全く逆に、惨禍を増やすにすぎないからです。

ネットでしばしば見かける書き込みには、
平和憲法があるから、国が攻撃されても反撃できない、
・・・・というような、明らかな誤りが平気であります。
現行のままで反撃できますから。

何よりも矛盾を感じるのは、
「未来に合った新しい憲法を」
という首相の指す方向性が、言葉と全く逆に、
戦前の悪しき日本の価値観を憧憬し、懐古し復活させようとするにすぎないからです。

未来志向でいこう、
新しい世代に過去の重荷を背負わせてはいけない、
といいながら、(かっこだけはいいですが)その実自分は、
祖父の悲願を果たしたい、とはっきり言います。
そんな個人的感情もちこまんでくれんか???

重荷は背負わんけど栄光だけは掲げると???
いやいや、それなら重荷も負わなければフェアではなかろうよ。
それに、決めるのはあんたじゃない、国民です。
いやむしろ、それがわかっているから、彼は言葉巧みに煽る煽る・・・・
口だけは巧妙に狡猾になって戻ってきた・・・

これを支持する人たち、そんなに支配されたいのか??????
権力者を縛る法律は、憲法しかないのに。
国=国民ではない。国民の命や財産や権利を、国家が奪うことだってあるのに。
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11月9日 新作出品。
ヤフーオークションに
出品中の作品のご紹介です。
売り上げは、嫌ですが結局猫に
分捕られます。たぶん。

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公園猫のご紹介


1 山田おかあさん。
勝気で頭も運動神経も良いスーパーな美猫。
たくさんの子供を産みました。



2 山田あかちゃん。
おかあさんの最後の子供。
幼児体形の女子。



3 隣のおかあさん。
元は隣にあったおうちの飼い猫。
山田おかあさんと同じく、たくさん子供を産みました。
隣の猫たち全部の母では?



4 隣のハーブ。
レモンとはたぶん姉妹。顔半分黒いのでハーブ。
非常に顔立ちの綺麗な猫。超気が強く頭もよい。
2010年、やっとなついてくれました。
★2010年6月、
財団法人どうぶつ基金の助成を受け、
不妊手術を行いました。



5 隣のサビにゃん。隣の(元)おうちの猫。
レモンとハーブとはたぶん姉妹。
子供みたいに小柄であどけないが、何度も出産経験あり。
いつも皆から一歩遅れる。


6 山田番長

2010年10月末、現れた子猫。
ビビについてきたと思われる。
超よわい番長。


・・・・・行方不明になってしまった猫たち。・・・・・

今でも待っています。
優しい人に助けられ守られ、
無事に再会できることを 心から願っています。

山田マルコ。
いつのまにか公園に居ついた、
愛らしいうさぎのような子でしたが、
2010年12月18日、姿を消しました。



山田ビビ。おかあさんの息子。
美しいオスの白猫で、公園になくてはならない
存在でしたが、
2010年10月末、姿を消しました。



隣のダンボ。隣の(元)おうちの猫。
時間がかかったが、とてもなついてくれました。
体格のよい元気なオス猫だったが、
きょうだいの白茶と同じと思われる病状で、
ひどく弱ったところをビビに追われて、
2010年7月末、姿を消しました。

幸坊。
ビビと隣のサビにゃんの子5きょうだいの1匹。
一番元気で体格も良いので公園に戻し、
すくすく 育っていましたが、
2010年2月8日、突然姿を消しました。

橋の猫。
2007年ごろ現れ、しばらく山田さんちに居候の後、
橋の下に居場所を移動。
皆にかわいがられていた人懐こい子。


流れの黒。こわもて。
他所から来て居ついた猫。時々行方不明になりつつ、
ビビとボスの座を争っていました。


隣の青太。隣の(元)おうちの猫。
青い目が印象的なオス。体格は良いが、痩せてきた。
くいしんぼうでびびり。いまだになついてない。
2010年1月8日ごろ、姿を消しました。


隣のレモン。隣の(元)おうちの猫。
顔は怖いが、鳴き声かわいく、ひとなつこい。
レモン色の瞳のサビ猫。
2009年11月中旬ごろ、姿を消しました。

・・・・・・・・・・旅立ってしまった猫たち。・・・・・・・

山田すずまる
2009年12月5日ごろ現れる。
木登りが大好きな小さな男の子で、
何かの感染症のため体調を崩しながら
一生懸命生きましたが、
2010年11月18日AM4:23旅立ちました。



隣の白茶。
ダンボと双子のようにそっくりな、たぶん兄弟。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2009,2月12日旅立ちました。



隣の緑。隣の(元)おうちの猫。
猫丸みみたが公園に通うきっかけとなった猫。
慢性的な体調の悪化に長く苦しみながら がんばって生きたが、2008,8月27日旅立ちました。


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